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高知地方裁判所 昭和41年(ワ)346号 判決 1968年1月24日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一(原告の申立)

被告等は連帯又は合同して原告に対し金三五六万円及びこれに対する昭和四一年五月一〇日より右支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(原告の請求の原因)

一、訴外高知重工業株式会社(以下高知重工と称する)は昭和四〇年五月二六日、野村貿易株式会社(以下野村貿易と称する)に対し、額面金一一〇〇万円、支払期日一覧払、支払地及び振出地高知市、支払場所四国銀行本店なる約束手形一通を振出し交付し、被告野村好直、同野村健一郎は右約束手形につき、右高知重工のため夫々手形保証をなした。野村貿易は昭和四〇年一〇月一日右約束手形を原告に対し裏書譲渡し、原告は現にこれが所持人である。

そして原告は右約束手形を昭和四一年五月九日支払場所に呈示して支払を求めたが、これを拒絶せられるに至つた。

二、しかして、右支払拒絶を受けた後、原告は裏書人野村貿易から本件手形金の内金として金七四四万円の支払を受けた。

三、よつて、原告は本件手形の保証人たる被告両名に対し連帯或は合同して本件手形金の残額金三五六万円と、これに対する本件約束手形の呈示の翌日である昭和四一年五月一〇日以降支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及ぶ次第である。

四、(被告等の抗弁事実に対して)

(一)  被告等主張の三の(1)、(2)の事実は不知。

(二)  三の(3)の事実中、野村貿易が高知重工に対し被告等主張のように本件手形を返還すべき義務があつたことは不知、原告が被告等主張のような手形の悪意の取得者である事実は認める。原告は野村貿易より本件手形を隠れたる取立委任の趣旨で裏書譲渡を受けたものである。斎藤南平が原告会社の取締役であることは認める。その余の事実はいずれも否認する。

五、本件約束手形の振出及び被告等の右手形に対する手形保証が真正になされたものであることについては、被告等において認めるところである。

手形保証は単独行為であり、かつ、手形行為独立の原則(手形法第七七条第三項、第三二条第二項)によつて、主たる債務がその方式の瑕疵により無効となる場合を除き、主たる債務が他の如何なる実質的理由により無効でも、保証の効力は何等妨げられることはないのである。

したがつて、保証人はたとえ主たる債務者が所持人に対抗できる抗弁を有している場合においても、右抗弁をもつて所持人に対抗できないものである。特に手形所持人が第三者たる場合は、絶対に対抗し得ないところである。これは判例通説の一致するところである。(最高判昭和三〇年九月二二日民集九巻一三一三頁、手形法、小切手法鈴木竹雄著三〇四頁、手形法、小切手法伊沢孝平著四四二頁、手形法、小切手法講座4鈴木竹雄、大隅健一郎編集四八頁等参照)

右の如くであるから、本件約束手形の手形保証人である被告等の主張する悪意の抗弁も、右と同一の法理によつて、これをもつて第三者たる原告に対抗できるものではない。従つて、被告等主張の抗弁事実の成否の立証を待つまでもなく主張自体理由なきものと思量する。

六、被告等のなした自白の撤回については異議がある。

第二(被告等の申立)

主文第一項同旨の判決を求める。

(被告等の答弁並びに抗弁)

一、原告の請求原因事実中第一項は認める。第二項は不知。第三項は争う。

二、但し、被告等は始め本件手形を手形保証がなされた上振出し交付された旨自白したが、それは事実に反し、錯誤に基づくものであるから撤回し、右事実についてはこれを否認する。

三、(抗弁)

(1)  本件手形は昭和四〇年五月二七日高知重工が野村貿易より七五屯型艀五隻の建造を代金二二〇〇万円をもつて請負つた際、高知重工の契約不履行による野村貿易への損害賠償を担保するため被告両名は連帯保証人となり、且原告主張の手形に手形保証をなし、高知重工は右手形を野村貿易に対して預けておいたものである。

本件手形は右契約不履行による損害が発生した時流通におかれることを条件としたものであるから、右条件が成就した時に始めて振出としての交付行為の効力が生ずるのであつて、右条件の成就前は振出し行為はなく、単に預けたに過ぎないというべきである。ところで高知重工は野村貿易に対し、その請負にかかる艀五隻の建造を終えて同年八月一五日頃引渡をなし、その履行を完了したので、その原因関係が生じなかつたものである。従つて右条件が成就しないで終つたのであるから、本件手形は振出交付を欠くもので、被告等にはこれに対する支払義務は存しない。

(2)  従つて野村貿易としては速かに本件約束手形の返還を為すべきであるにもかかわらず、反つて昭和四〇年一〇月一日右約束手形を原告に裏書譲渡したものである。そして前記野村貿易と原告とは所謂親子会社であり、現に野村貿易の代表取締役斎藤南平は原告の取締役であつて、本件約束手形の裏書譲渡に際しては当然前記事情について話合が行われた事であるから、原告はその事情を知悉し、被告両名を害する事を知りて取得したものである。従つて、原告は悪意の取得者であるから、被告等は右人的抗弁をもつて、原告に対抗することができ、その支払義務はない。

(3)  仮りに、本件手形の預託が手形振出交付となるとしても、手形保証は、手形上の債務を担保することを目的とする従たる手形行為であり、手形上の債務の存在を前提し、主たる債務が存在しないときは、手形保証は無効となるの外はない。被担保債務が将来の債務であるときは、手形保証の効果はもとより後に手形上の被担保債務が成立したときに発生する(鈴木大隅編集有斐閣手形法小切手法講座第四巻三四頁、三五頁)。

従つて本件手形債務は、既述の通り高知重工が野村貿易に対し将来発生すべき損害賠償債務を担保するために振出し交付せられたものであつて、しかも右損害賠償債務は未発生に終つているので、本来被告等の為した手形保証の効果は発生しておらないものと云うべきである。

(4)  しかしながら、手形保証は手形行為独立の原則により、その担保した債務が方式の瑕疵を除き他のいかなる事由によつて無効な場合にも有効とされるので、本件手形についても、昭和三〇年九月二二日最高裁判所第一小法廷の判決が当て嵌まるかも知れない。従つて、被告等は本件手形について、先ず野村貿易に対し原因関係無効の抗弁を主張し得ないこととなるようであるが、この判決に対しては学者は、関係者の利益を適切に調整することができないという理由で反対している。即ち、この判決の取扱うような場合には、手形保証人も受取人と直接の人間関係に立つと解することによつて判決と異る結論を導かんとしている(法律学全集鈴木竹雄著手形法小切手法三〇五頁(三))。これは、売買代金の支払に関連して振出された手形であることを知つて、その振出人のために手形保証をするものは、売買代金債務についても民法上の保証を為し、この民法上の保証を原因関係として手形保証を行なうのであると解する。そして売買契約が無効であれば、民法上の保証も無効であり、手形保証人は民法上の保証が無効であるという抗弁(保証人と受取人との間の直接の人的関係にもとづく抗弁)で受取人に対抗できると考えるのである(ジユリスト手形小切手判例百選一七九頁参照)。

次に抗弁の性質に着眼し、抗弁の中には、特定の者が所持人として請求する限り、この者に対してはすべての手形債務者が主張し得る性質の抗弁がある。その典型的なものは、所持人が手形上の権利者でないという抗弁である。原因債務につき不存在、無効、取消の事情があつても無因理論をとる限り、直接の当事者たる所持人といえどもなお手形上の権利者たることは否定できない。しかしそれは形式的にそうであるに止まり、実質的には無権利者と同様に考えられるべきである。故にこのような者による手形権利の行使に対しては、すべての手形債務者がその権利行使の不当をもつて対抗し得るとする(鈴木、大隅編集商法演習2一六九頁其他同様の主張は田中誠二、並木俊守共著判例手形小切手法四六六頁有斐閣手形法小切手法講座四巻四八頁)。右のように解するときは、本件について手形保証人たる被告等は、訴外野村貿易に対して前述の抗弁を以つて対抗し得ることとなる。ところで、右野村貿易より裏書譲渡を受けた原告は、既述の如く悪意の手形取得者であるから、手形法第一七条但書によつて、被告等は原告に対しても右抗弁を主張することが出来るものであつて、被告等には本件手形金の支払義務はないものといわなければならない。

第三 立証(省略)

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